取組

文政の関脇対決

香蝶楼国貞

文政の関脇対決

文政11年(1828)から天保4年(1833)まで9場所に亘り、東西の関脇として相対峙した両者の取組図。向こう側が西関脇緋縅、手前が東関脇岩戸山、両力士が左四つに組んでいる。両関脇同士の対戦は5回、いずれも緋縅の勝利に帰した。

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