一人立

歌川豊国(二代)

生没年不明

初代豊国の門人で、初め豊重と名乗り師の養子となった。文政八年師の没後、師名を襲名して二代目豊国となる。一陽斎、後素亭と号し、役者絵、美人画、風景画などに優れていたが、天保六年頃から作品を見なくなった。単に「豊国」と署名し、豊の字の上半分「曲」が大きいのが特徴で、見分けがつきやすい。