一人立

歌川国貞(二代)

文政六年(1823)〜明治十三年(1880)

初代国貞の門人で初め国政(三代目)と名乗ったが、師の長女に入婿して師名国貞を継ぎ二代目となった。一寿斎、梅蝶楼と号し、相撲絵を多く描いた。明治三年頃、画系の豊国を襲名したが、相撲絵にはあまり見かけない。