一人立

歌川国貞(初代)

天明六年(1786)〜元治元年(1864)

初代豊国の門人で、美人画、役者絵と共に相撲絵を描いた。その量は絵師中、随一を誇る。文化八年から天保にかけて五渡亭と号していた時代の相撲絵には味があるが、文政十年から香蝶楼を号するようになると共に、絵は華麗にはなったが単調になってしまった。天保十五年(1844)、師名の豊国を襲名して二代目と自称した。後世、実は三代目であるときめつけているが、二代目から継いだわけでもなく、本人が二代目といい、絵にもそのように書いているので、強いて三代目とせず、国貞改め豊国と表示した。